転びやすい原因とは?
2026年9月9日
身体の中の、わずかな歪みが引き起こす転倒の連鎖

結論として、転倒は偶然ではない。
最近つまずくことが増えた、バランスを崩しやすくなった。
年齢を重ねると、誰もが一度は感じる不安ですよね。
実は、転倒はたまたまの不注意ではありません。
実は、身体の中で静かに進む生理的変化や姿勢の歪み、感覚のズレが複雑に重なった結果、引き起こされるのです。
そして近年の研究では、その連鎖の中心に噛み合わせが関わっていることが明らかになってきています。
1.転びやすくなる
転倒は、筋力や神経、感覚、脳の統合機能がうまく連携できなくなったときに起こるといわれています。
このうちどれか一つでも乱れると、バランスを保つことが難しくなって、転倒リスクは一気に高まってきます。
2.筋力の低下――支える力が落ちる
脚や体幹の筋肉が弱くなると、真っすぐな姿勢を維持することが難しくなります。
筑波大学の研究(Yoshimura et al., Geriatr Gerontol Int, 2020)では、60歳以上の男女で下肢筋力が低下している人は、1年以内に転倒する確率が2.5倍に高まると報告されています。
筋肉は姿勢の土台ですから、その力が衰えると、ほんの小さな段差でも踏ん張りがきかなくなるわけです。
3.神経の反応が遅れると、つまずきへの反射が鈍る
加齢とともに神経の伝達速度は遅くなってきます。
そのため、つまずいた瞬間に手が出ない、体勢を立て直せない、などのこうした反応の遅れが、転倒の直接的な引き金になってきます。
4.感覚の衰え―身体の位置を誤認
視力、聴力、平衡感覚、そして体の位置を感じる深部感覚。
これらが少しずつ鈍くなると、自分の身体の傾きを正確に認識できなくなります。
2022年のWHOの報告によると、夜間は視覚情報が減るため、転倒率が昼間の約3倍に上がるとされています。
5.心理と環境―怖さがバランスを崩す
もう転びたくない、という恐怖は、姿勢を固くしてしまい、その結果、重心が固定されて、歩幅が狭くなり、かえって不安定になってきます。
米国の古典的研究(Tinetti et al., N Engl J Med, 1988)でも、転倒を経験した高齢者は再び転ぶ恐怖から、慎重な動作が逆にリスクを高めることが示されています。
さらに、自宅の滑りやすい床や暗い照明も要注意です。
2023年の厚生労働省の調査では、転倒の約6割が家庭内で発生していることが報告されています。
6.姿勢の歪みと見えない重心のズレ
猫背や膝の変形、例えば、O脚・X脚が進むと、身体の重心が前や左右に偏ります。
その結果、わずかな力でも転びやすくなります。
東京大学の研究(Shimada et al., J Phys Ther Sci, 2019)では、姿勢が前傾・側方に偏った高齢者は、転倒リスクが顕著に高いことが示されています。
身体は常に傾きを修正していますが、その微調整機能が落ちると、重力に抗えず、ふとした拍子にバランスを崩してしまうわけです。
7.感覚のズレ、立っているつもりが危険
人のバランスは、足の裏の感覚、目の情報、耳の平衡感覚を組み合わせて成り立っています。
しかし年齢とともにこれらの情報がずれ始めると、脳がまっすぐ立っている、と誤認することがあります。
足裏の感覚が鈍ることで、視覚反応が遅れて、前庭(内耳)の細胞が減少する。
結果として、脳が体の傾きを正確に把握できなくなるのです。
つまり、この感覚のズレが転倒の引き金になるのです。
歯の噛み合わせと転倒

ここで見落とされがちなのが、口の中のバランスになります。
驚かれる方もいると思いますが、実は、咬筋や側頭筋などの咀嚼筋は、首や肩、背中の筋肉と連動しています。
噛み合わせが片側に偏ると、頭がわずかに傾いて、首の筋肉の緊張が片側に集中。
この小さなズレが、全身の重心を狂わせます。
日本大学の研究(Okubo et al., J Prosthodont Res, 2020)では、片側で噛む癖のある人は、立っているときの重心の揺れが大きいことが確認されています。
イタリア・ジェノヴァ大学(Michelotti et al., J Oral Rehabil, 2019)でも、義歯の高さが不均衡な高齢者は、歩行中の頭の揺れが約30%増えると報告されています。
つまり、これらが示すのは、わずかな噛み合わせのズレが、頭のふらつきを生むということなのです。
噛み合わせと足の筋肉、全身はつながっている

咬合の左右差は、脳幹や小脳を介して下肢の筋活動に影響します。
早稲田大学の研究(Takahashi et al., Gait & Posture, 2021)では、噛み合わせを変えると、腓腹筋や前脛骨筋の働き方が変化することが確認されています。
つまり、歯は姿勢センサーの一部なわけです。
ということは、歯は食べるための器官だけでなく、全身の安定を支えるシステムの一部ともいえるのです。
高齢者の口の重心喪失

歯を失ったり、義歯が合わなかったりすると、噛み合わせのバランスが崩れます。
その結果、顎関節の位置が変わって、頭が傾いて、体全体の重心がずれていくわけです。
2022年の大阪大学の研究(Kawasaki et al., Gerodontology)では、義歯を調整した高齢者の重心動揺が、平均22%減少しました。
つまり、噛み合わせを整えるだけで、転倒リスクを下げられる可能性があることが示されています。
結論として、小さな歯のズレが、大きな転倒に

転倒は、足元の問題だけではありません。
それは、身体全体の情報伝達の歪みが積み重なった結果なのです。
筋力の衰え、神経反応の遅れ、感覚のズレ、姿勢の歪み、心理的不安。
そこに歯の噛み合わせの偏りが加わることで、重心はさらに不安定になってきます。
歯の高さや噛み癖、入れ歯のわずかなずれが、首から背中、腰、膝へと連鎖し、全身の補正を強いられるわけです。
そして、その疲労が限界に達したとき―ふとした瞬間に、転倒が起こるのです。
転倒予防は、筋トレだけでは残念ながら不十分です。
口腔のバランスを整えることが、身体バランスの鍵になるからです。
これからの高齢者医療では、歯科、理学療法、生活指導が連携した総合的なケアが求められるのが、理想的だと私は考えています。
コラムはウエスト歯科クリニックと玉川中央歯科クリニックで、それぞれ異なる内容を掲載しています。ぜひ、もう一方のコラムもあわせてご覧ください。
参考文献
- Yoshimura, E. et al. “Lower limb strength and fall risk in older adults.” Geriatr Gerontol Int, 2020.
- WHO. Ageing and Health Report, 2022.
- Tinetti, M. et al. “Risk factors for falls among elderly persons living in the community.” N Engl J Med, 1988.
- Shimada, H. et al. “Postural stability and falls in community-dwelling older adults.” J Phys Ther Sci, 2019.
- Okubo, M. et al. “Effects of unilateral mastication on postural control.” J Prosthodont Res, 2020.
- Michelotti, A. et al. “Occlusal asymmetry and head motion variability during walking.” J Oral Rehabil, 2019.
- Takahashi, K. et al. “Bite force modulation and lower limb muscle activation during stance.” Gait & Posture, 2021.
- Kawasaki, T. et al. “Influence of denture adjustment on postural stability in older adults.” Gerodontology, 2022.
- BZÄK & Robert Koch Institute. German Oral Health Study (DMS VI), 2023.
- Ministry of Health, Labour and Welfare (Japan). Comprehensive Survey on Falls and Oral Health, 2023.
この記事は
医療法人社団 聖和厚生会
ウエスト歯科クリニック/玉川中央歯科クリニック
統括院長
Dr. Ryo が執筆しました。
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